給与競争が招く人材流出の悪循環:ベトナムの採用市場と人材確保に起きている変化

給与競争が招く人材流出の悪循環:ベトナムの採用市場と人材確保に起きている変化
給与競争が招く人材流出の悪循環:ベトナムの採用市場と人材確保に起きている変化
執筆者:Valerie Ong Reeracoen Group リージョナルマーケティングマネージャー
2026年、ベトナム企業の86%が「求職者の給与水準への期待の高まり」を採用における最大の課題として挙げています。一方、33%の企業が「給与競争」を従業員の離職リスクにおける最大の懸念事項と回答しています。
つまり、給与水準の上昇が、企業にとって「新たな人材を採用する難しさ」と「既存社員をつなぎ止める難しさ」の両方を引き起こしているのです。
このように、採用時の給与上昇が既存社員の不満や離職につながり、さらに高い給与で新たな人材を採用しなければならなくなる悪循環を、本調査では「給与上昇による人材流出スパイラル(Salary-Retention Spiral)」と呼んでいます。
この悪循環の仕組みを理解し、いかに抜け出すかは、現在ベトナムで事業を展開する企業にとって重要な人事課題となっています。
給与上昇による人材流出スパイラルの仕組み
給与上昇による人材流出スパイラルは、以下のような循環によって発生します。
- 人材獲得競争の激化や市場全体の賃金上昇により、新規採用者が求める給与水準が高まる
- 企業は優秀な人材を獲得するため、採用時の提示給与を引き上げる
- 既存社員は、新しく入社する社員の給与と自身の給与との差に気付く
- 既存社員は「自分は適正に評価されていない」と感じ、社外の転職機会に関心を持つようになる
- 一部の社員が退職し、その欠員を現在のより高い市場水準で補充する必要が生じる
そして、この流れが繰り返されます。
『Vietnam Employer Hiring Study 2026』の調査結果からも、この現象はすでに発生していることが確認されています。
84%の企業が、2026年には新規採用者の給与が上昇すると予測しています。一方で、47%の企業は採用予算を据え置く予定です。そのため、新規採用者の給与を引き上げることは、他の投資や施策に使える予算を圧迫するか、既存社員の給与水準とのバランスを崩す要因となっています。
給与上昇によるプレッシャーの実態
調査では、以下のような市場動向が明らかになっています。
- 86%の企業が「求職者の給与期待の上昇」を採用における主要課題として回答(他の課題を大きく上回る結果)
- 84%の企業が、2026年には新規採用者の給与が上昇すると予測
- 75%が「緩やかな上昇」、10%が「大幅な上昇」を予想
- 33%が「給与競争」を従業員の離職リスクとして認識
- 24%が「若手人材の転職志向」を離職リスクとして挙げており、その背景には給与差が影響しているケースも多い
これらの数字が示しているのは、給与上昇の問題は単なる採用コストの増加ではないということです。
企業にとっては、人材を安定的に確保し、組織を維持できるかどうかに関わる重要な経営課題となっています。
場当たり的に対応する企業は、採用コストが上昇し続ける一方で、優秀な人材の流出も防ぎにくくなります。
一方で、市場データをもとに計画的な報酬設計や人材戦略を進める企業は、採用競争力を維持しながら、人材流出のリスクを抑えることができます。
なぜ給与だけでの引き留めでは解決できないのか
社員が退職を決意する段階では、多くの場合、すでに以下のような変化が起きています。
- 数週間から数か月前から、密かに転職市場を確認している
- 他社からのオファーを受け、比較検討を進めている
- 仕事への意欲やパフォーマンスが低下している可能性がある
この段階で給与アップによる引き留めを行っても、成功する可能性は高くありません。
実際に、カウンターオファー(退職を防ぐための条件提示)を受け入れた社員の多くは、その後12か月以内に退職するとされています。
なぜなら、社員の不満の原因は給与だけではなく、評価制度、キャリアの成長機会、マネジメント、働き方など複数の要素が関係しているためです。
給与を上げるだけでは、根本的な不満を解消できないケースが多くあります。
人材流出スパイラルから抜け出すための4つの対策
1. 年末ではなく、早い段階で給与水準を確認する
給与相場が四半期単位で変化する市場環境では、年1回の給与見直しだけでは十分ではありません。
Reeracoenでは、ベトナムで製造業、IT、サービス業、貿易関連の事業を展開する企業に対し、2026年第2四半期までに給与ベンチマークを実施することを推奨しています。
市場水準を定期的に把握することで、自社の給与競争力を確認し、必要な対策を早期に講じることができます。
2. 給与制度の透明性を高める
自身の給与が市場と比べてどの水準にあるのか、また今後どのように昇給・キャリアアップできるのかが分からない社員ほど、その情報を社外に求める傾向があります。
給与レンジ、評価のタイミング、昇給や昇格の基準を明確に伝えることで、社員が将来像を描きやすくなり、市場給与を知ったことによる転職リスクを抑えることができます。
3. 人材層ごとに異なる離職理由へ対応する
給与上昇による人材流出スパイラルの影響は、社員の層によって異なります。
シニア層や中堅専門職では、給与競争が主な離職要因となっています。
一方、若手社員では、給与だけでなく、
-
キャリアアップへの期待(20%)
-
ワークライフバランスへのニーズ(14%)
も重要な要素となっています。
すべての社員に対して同じ給与対応を行うだけでは、十分な人材流出防止策にはなりません。
4. 採用時には給与以外の価値も伝える
給与だけでなく、福利厚生、柔軟な働き方、スキルアップ機会、キャリア形成の可能性、企業としての安定性など、雇用全体の価値を明確に伝えられる企業は、基本給だけで競合企業と競う必要がなくなります。
優秀な人材を獲得するためには、自社が提供できる価値を採用パートナーへ正しく共有し、候補者へ効果的に伝えてもらうことが重要です。
まとめ
給与上昇による人材流出スパイラルは、一つの施策だけで解決できる問題ではありません。
しかし、市場データを活用し、先手を打った給与設計と人材戦略を実施することで、企業はこの状況を適切に管理することができます。
こうした取り組みを進める企業は、人材流出を防ぐだけでなく、採用活動の効率化にもつなげることができます。
適正な報酬制度と、社員の成長を支援する環境を持つ企業であるという評価は、優秀な人材を惹きつける強力な採用競争力となります。
給与ベンチマークのご相談 |
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『Vietnam Employer Hiring Study 2026』 |
よくあるご質問
ベトナムにおける「給与上昇による人材流出スパイラル」とは何ですか?
新規採用者の給与水準が上昇することで、既存社員との給与差が生まれ、それが離職リスクを高める悪循環を指します。
社員が退職すると、企業は現在のより高い市場水準に合わせて新たな人材を採用する必要があります。その結果、既存社員との給与差はさらに広がり、同じ流れが繰り返されます。
このサイクルにより、採用コストの上昇と人材流出の増加が同時に進行します。
2026年、なぜベトナムで給与への期待が急速に高まっているのですか?
継続的な海外直接投資(FDI)の流入により、経験豊富な人材をめぐる競争が激化しています。
また、中堅層や専門スキルを持つ人材が不足していることで、需要の高い職種では給与水準が押し上げられています。
さらに、若手人材も求人サイトやビジネスネットワークを通じて市場給与を把握しやすくなっており、自身の市場価値や適正な給与水準への関心が高まっています。
ベトナムでは、どのくらいの頻度で給与ベンチマークを実施すべきですか?
最低でも年2回の実施が推奨されます。また、2026年第2四半期までには正式な給与水準の見直しを完了することが望ましいです。
特に、製造業のエンジニア職、IT、営業など、人材需要が高い分野では、より頻繁に市場動向を確認することをおすすめします。
給与を上げるだけで、ベトナムにおける人材流出問題は解決できますか?
いいえ。給与は最大の離職リスク要因(33%)ですが、それだけが理由ではありません。
以下のような要素も、人材流出につながる重要な要因となっています。
- キャリアアップへの期待(20%)
- ワークライフバランスへのニーズ(14%)
- マネジメント能力への不満(10%)
効果的な人材流出防止策を実施するには、給与競争力を高めるだけでなく、キャリア開発制度、管理職のマネジメント力、柔軟な働き方などを総合的に整備することが重要です。
著者について
参考資料
1. Reeracoen Vietnam. (2026). Vietnam Employer Hiring Study 2026.
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